2012年5月20日 (日)

2012年5月 (5月20日更新)

5/4(金)
先月は病気のせいで寝て過ごすことが多かった。中旬過ぎまでオーディオの電源も消えたままだったのだが、ソフトだけはネットを片目でぼんやり見ながら、病気のおかげでこの先どうなるかわからないのだからという勢いもついて、プチプチとクリックして結構ぼくとしては大量に購入してしまった。

☆US盤EMIの抱き合わせSACD5セット

EMIの往年の名演奏のSACDが抱き合わせで2~3枚組のパッケージで値段は1500円前後で売っている。去年の年末から今年の3月頃に国内盤で発売されたものとモロにかぶる。
ジャケットは発売当時のアナログ盤のジャケットやらマスターテープのカラー写真が使われた立派なもの。枚数2倍でほぼ半額なのだから実質国内盤の1/4だ。これぞハイCP?
そう言えばアナログの時代にも廉価版ではなくて、1枚1枚はまだ通常盤だが、2枚組にしてバラで買うより少し安くしてあるパッケージがあったように思う。そんなことを思い出した。

・ベートーヴェンのトリプルコンチェルト(リヒテル・ロストロポーヴィチ・オイストラフ・カラヤン・ベルリンフィル)とブラームスのダブルコンチェルト(ロストロポーヴィチ・オイストラフ)とヴァイオリン協奏曲(オイストラフ・セル)

これは残念ながらベートーヴェンのみ国内盤を買ってしまっていた。でも、ブラームスのヴァイオリン協奏曲はエソテリック盤を買いそびれてしまったし、ダブルコンチェルトはCDも持っていなかったので、ポチっとやることにした。


・リヒテルのシューマン&グリーグのピアノ協奏曲と指揮がクライバーのドヴォルザークのピアノ協奏曲



ドヴォルザークの方はクライバー指揮とのことで興味をひかれるが、曲になじみがないのでアナログ時代からずっとパスしてきた。シューマンとグリーグは名演のひとつには違いないが、他にもたくさん名演はあるし、両方とも単品で国内盤の値段だったら買わなかったと思う。


・リストのハンガリー狂詩曲(ジョルジュ・シフラ)

長岡先生が外盤ジャーナルでかなり褒めていた盤のSACDだ。正確な文章は忘れてしまったが、ソリッドでパワフルな低音、シャープだがメタリックさ皆無の高音、音像は小さめに帝位する、というような内容だったと思う。はたしてその音質が再現できているだろうか。
国内盤は2枚組4500円、しかしこちらは超絶技巧練習曲までついて2000円弱、国内盤は買うのに躊躇したが、この値段なら抵抗なく買えた。

・クレンペラーのモーツァルト後期交響曲3枚セット

クレンペラー指揮のモーツァルト交響曲第35・36・38・39・40・41番の6曲3枚組。
モーツァルトってクラシック音楽においてベートーヴェンと人気を二分するもう一方の雄であることは間違いないし、世間的な評価という面からもぼくがそう感じるという面からも名曲はうじゃうじゃたくさんあると思うのだが、なぜかぼくは執念もやしてあの曲この曲、あの演奏この演奏とCDを集めたり聴いてきたわけではない。
交響曲もピリオド楽器の走りのホグウッドの全集と、あとはバーンスタイン指揮のNo.40・No.41を持っているくらい。しかもホグウッドの方は長岡先生の外盤A級セレクションに載っていてから買ってみた、という理由であり、純粋に曲が聴きたかったわけではない。
元来ピリオド楽器の演奏よりモダンのオケの演奏の方が好きなので、この値段(これもやっぱり2000円弱)なら1セットあってもよいかなと考えた次第。
クレンペラーは好きな人は好きなようだが、ぼくは微妙に後の世代(カラヤン・ベーム・バーンスタイン・ショルティのあたり)なので余りたくさんの演奏を聴いたことがあるわけではない。世間的には名演らしいので、買ってもそんなに後悔することはないだろうと考えた。

・デュプレのエルガーとディーリアスのチェロ協奏曲



これも単品3000円×2なら買ってない。ハイドンやドヴォルザークのチェロ協奏曲なら聴くことあるが、エルガーとディーリアスは今まで聴いたことがなく、デュプレのディスコグラフィーにあることは知っていたが、いままで手が回らなかった。どんな曲だろう。すこし楽しみだ。

5/5(土)
・テラークの幻想交響曲(SACD)



アマゾンで普段は2500円くらいだが、2000円を切っていたので注文した。幻想だけでなく、くるみ割り人形も入っている。テラークのSACDは安いやつみかけたら買うようにしているのだが、有名なディスクは高値安定みたいだ。

・バーンスタインのショスタコーヴィチ交響曲第5番文化会館ライブ



これも安い中古があったので購入。特徴ある気持ち悪いジャケットだ。 やはりライブのムラヴィンスキーの同じ曲のSACDも気になるのだが、こっちはお高いので今のところ静観だ。

5/6(日)
・Beethoven Sonatas & Trios



.ベートーヴェンの初期のチェロソナタとピアノ三重奏曲の2枚組。
それだけでは面白くもなんともないが、ジャケットの通り、チェロソナタの伴奏や、ピアノトリオのピアノパートに何とチェンバロが使われている。実際聴いてみるとベートーヴェンであるようなないような不思議な印象だ。


・ムーティのベートーヴェン交響曲全集



これも6枚組2000円弱のデフレCDだ。アナログレコードの頃はベートーヴェン全集といったらこの10倍くらいしたのではないだろうか。
ムーティのベートーヴェン交響曲全集が目当てだったわけでなくおまけに入っているリヒテルと競演しているピアノ協奏曲第3番がお目当てで購入した。
リヒテルはいいピアニストだと思うが、何年か前に晩年のやたらとミスタッチが耳につくライブのCDを聴いてしまい、ぼく自身の中でランキングがかなり下がっていた。
しかし入院前に「リヒテルと私」という永年リヒテルの通訳をしていた方がエピソードを綴った本を読み、自分の中でリヒテルが復権しつつあったのと、3月に行ったコンサートでピアノソロ版のピアノ協奏曲第3番を聴いたことが重なって、昔レコードで持っていたリヒテル・ムーティ盤をもう一度聴いてみたくなった。
ところが、探してみると現在廃盤状態らしく4000円以上する中古しか見つからない。いまどきただのCDで4000円はないでしょうと思い、店を変えたり条件を変えたりしていろいろネットを検索してみるとどういうわけかこのムーティのベートーヴェン全集が一緒に検索されてくるケースが多い。
不思議に思って曲目の詳細を見てみると交響曲9曲の他に序曲が3曲とお目当てのピアノ協奏曲第3番が入っているではないか。じゃあってことで注文してみた。
到着して聴いてみると、ピアノ協奏曲第3番は懐かしく聴けたのはもちろんだが、交響曲の方も悪くない。音も悪くないと思う。ベートーヴェンの交響曲といったら群雄割拠でなかなかムーティまで振り向く余裕はないと思う。リヒテルがおまけについていなかったら買わなかったことは間違いないが、少なくとも聴く機会があってよかったと思えるくらいではあると思う。




5/9(水)
・フリードリッヒ・グルダ&チック・コリアのThe Meeting



何の気なしにアマゾンを見ていたら発見した。外盤A級セレクションのNo.96だ。その昔持っていたアナログの音の記憶と比べてみると、音場感はCDの方というか、今のシステムの音の方が広いみたいだ。音像は今の音の方がこじんまりとして萎縮している感じなのに対して、昔のアナログの方がバーンと大きな音像で迫ってきていた気がする。
あと、アナログは内周に針が来ると結構歪っぽい音を出していた記憶があるのに対して、CDは最初から最後まで歪んだりせず音質が一定だ。それはCDのメリットだと思う。

5/18(金)
4月に買いまくったソフトのラストはアナログディスク、ちょっとした大物だ。(と思う。)
外盤A級セレクションのNo.19、ブランディーヌ・ヴェルレのバッハ/トッカータ全集だ。
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外盤A級セレクションの出版当時から廃盤マークが付いていて手に入らないのかと思っていたが、複数のマニアのお宅で個体を確認しているし、たまにヤフオクに出品されているのを見かける。同じヴェルレでもアストレのクープランよりはそれなりにタマ数があるものと思われる。
ぼく自身I手県のUさんから1枚物のダイジェストの方を数年前譲ってもらい喜んで聴いていた。外盤A級セレクションには1枚物の方は音はちょっと落ちると書いてあったのだが、実際Uさんの家で比べてみたところ書いてあるほどには違わないと感じていた。
でもこっちの2枚組の方がジャケットがかっこいいし、当たり前だが曲だっていっぱい入っているし、チャンスがあればいつか手に入れたいと思っていた。
配達されたものを聴いてみるとパチパチとノイズが入り、程度はイマイチかなと思ったが、レコパックしたところあっさり解決したように思う。
音質自体は初めて聴いたわけではないので、高音質にびっくり仰天というほどではないが、自分が聴いたことがあるチェンバロの録音の中では最高峰であることは間違いない。
ちょうど手に入れたばかりの頃、爆音の貴公子Tさんとお会いする機会があり、尋ねてみるとTさんはお持ちでないとのことだったので、1枚物の方は無期限でTさんにお貸しすることにした。

5/20(日)
最近冴えない音なのに悩んでいた。入院して長いこと電源入れてなかったとか、歳とって高音が聴こえなくなってるんじゃないかとか、本棚を撤去してライブになり過ぎたからだ、とか理由はいろいろ考えられる。
ハタと思いついて、でもめんどくさいけど一念発起してD-55のFE-208ES-Rをはずして、アダプタリングとバッフルの取り付け具合を確認してみた。

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なんと、すべてのネジが90度程度増し締めできた。若い頃ならバカ力で木がメキメキいうほど締め付けていたはずだが、歳とって力も弱くなり、通りいっぺん締めて動かなくなるところで止めておいた。
208ESを使っていたころはD-55を立てたままユニットをはずそうとすると重くて指が折れそうだったが、ES-Rならなんとかなる。マグネットの外径がバッフル開口と大差ないESと違ってアルニコのES-Rはネジがはずれてからの取り回しも楽だ。
FE-208ES-Rを元に戻して試聴してみると予想通りイメージ通り、切れ味とかガツンと来る感じとか、余韻の解像度とか押しなべて向上した。
ユニットを208ESからES-Rに換装したのは2008年1月頃の話だから、4年でネジが90度緩むということだ。正確に1年で22.5度緩むんだろうか?定期的にチェックしないとな。




2012年4月30日 (月)

2012年4月 (網膜剥離闘病編)

3/30(金)

何だか右目が霞むような、見え方にムラがあるような変な違和感があった。おかしいなあと思いつつ、痛いわけじゃないしほっておいた。それが後に大事になろうとは・・・

3/31(土) 4/1(日)

症状は3/30と変わらない。
土曜日は1日風が強く雨も時折降っていたのでテニスに行けず、家で家族とプロジェクターでDVDを観て楽しく過ごす。

日曜日は天気は回復し、穏やかな晴れとなったのでテニスへ行く。
晴天の外みたいに明るい所では目の違和感は気にならず、気にしないで大丈夫と思ってしまった。
今考えると激しい運動するなどもっての外だった。恐ろしや。

4/2(月)
朝起きるとなかなか焦点が定まらないし、なんか視野の上の方が暗い気がする。おかしいなあと思いつつ会社に行った。
会社に着いて仕事を始めると、右目の視野の時計で云うと10時~11時あたりの端っこが歪んで見える。どうにも気になって仕方がない。 上司に断って会社のそばの眼科へ行く。

少し待たされ、健康診断の時のように気球の絵を見て焦点を測るやつと眼圧の検査をやったあと、瞳を開く目薬を打たれて、プリズムみたいなレンズを目にはめられ強い光を当てられて、診察を受ける。
診断はなんと網膜剥離、手術するしか治す方法はないとのこと。ん?モウマクハクリ?シュジュツ?まあレーシックもう一回受けるようなもんでしょ。くらいに考えていて、この時はまだコトの重大さを認識していなかった。
紹介状書くから早く大きな病院に行って手術してもらうように言われた。手術してもらうまでは剥離が進行してしまうので、走ったりして衝撃を与えたり、重いモノ持ってリキんだりしてはいけないとのことだった。

「大きな病院」と言われて咄嗟に思いついたのが、 親たちが利用している新大塚駅下車の大きな都立病院だったので、そこ宛に紹介状を書いてもらった。

会社に戻り診察の予約しようと電話してみると、なんと網膜剥離のオペはやってないとのこと。別の都立病院を紹介されたが、HPを見るとそこはガンが得意らしい。ちょっと違う気がして、他にないか考えてみた。

そう言えば御茶ノ水の駅前に大きいのが二つもあるじゃないか。国立超難関大と駅伝によく出場する大学の付属病院が。このどちらかなら今後通院することになっても通勤の途中駅なので行きやすい。定期があるので交通費もかからない。

まず国立の方に電話してみる。初診の場合は3時間~4時間待つけど次の日は丁度網膜の日なのでそれでも良ければいらっしゃいとのこと。駅伝の方も普通に外来として来れば診てあげるよ、待つだろうけどね。というスタンスだ。

どちらの病院も紹介状は書いてもらったやつをそのまま持っていけば良く、書き直してもらう必要はないとのことだ。それにしても紹介状を書いてくれた先生はぼくが最初に提示した病院では駄目なこと知らなかったのだろうか?

翌日もし入院するようなことになれば、しばらくおいしいものは食べられないので、この日の夕食は行きつけの焼肉屋へ行った。

4/3(火)

御茶ノ水の大きな大学病院のうち、国立でない方の病院は眼科の評判がよいとの噂を聞いたことがある人が周囲に2人いたため、それならとそちらの病院に行くことにした。

受付を済ませ待合室に行くと前日の予告通りたくさんの患者さんが待っていたが、わりと待たされず診察してもらえた。

前日の町医者の診たて通り網膜剥離であり、このままだとどんどん視野が欠けて行って、あと数日のオーダーで失明に至り、治療法は手術以外なく、10日前後の入院が必要とのこと、結構緊急を要するそうだ。

カルテに「至急」って書いてある赤い棒がはさんであり、サクサク診察してもらえたのはそのおかげらしい。網膜剥離って紹介状を見て順番を繰り上げてくれたのだろうか。待たされた挙句失明したなんて苦情を入れられたらたまらないからというのもあると思う。

やっと自分が思ったより重病であることにを認識する。

入院の手配をしてもらったところ、今は個室しか空いてないとのこと。すごく高い宿泊料金?に躊躇したが、失明するかもと言われてしまったたら早く入院させてください、早く手術してくださいとお願いするしかない。

料金にビビリながら病棟へ案内され個室に通されると、そこはまるでビジネスホテルのようだった。違うのはベッドが介護ベッドであることと、ユニットバスでなくトイレのみであること位だ。

流石に一流ホテル並みの値段だけに至れり尽くせり、食事の味以外はある意味サービスに遜色ない、と言える。

この日世間では台風なみの強風が吹く「爆弾低気圧」が来るとの話だったが、立派な建物の病棟はびくともせず静かで、どこの世界の話?って感じだった。

手術までは剥離の進行を抑えるため、右側を下にしてじっと安静にしているように言われた。寝返りしたくなってもできないのはつらい。

4/4(水)

前日の時点で手術はこの日の夜とのことだったが、緊急の割込みがあり、翌日になるとのこと。数日で失明するといっていたのに大丈夫なのかと思い、前日に続いて失明の恐怖におののきながらこの日も過ごす。

わりと若めの先生から手術の説明を受けた。

そもそも網膜剥離の原因とは自分の足りないアタマで理解したところによると、目玉の内部はゼリー状で透明の硝子体というもので充填されているが、歳とともにそれの粘度が下がってシャバシャバになりさらに体積が減って行くので、圧力の関係で網膜が引っ張られ、弱いところが破けて穴が開く、そこにシャバシャバになった硝子体が流れ出し、網膜と視神経の間に溜まって網膜が剥がれていく、という理屈らしい。
さらに強い近眼だった人は目玉の形状が網膜剥離になりやすい形状をしている、とのことだった。

手術法としてはその逆、順番はわからなくなってしまったが、ともかく

・シリコンのバンドを目玉に巻いて目玉の内容積を減らす。

・網膜の穴を局所的に焼けどをさせるような方法で塞ぐ。

・網膜の穴から漏れ出した液体を抜く。

と、いったことをやるらしい。

場合によっては目玉の中にガスを注入して目玉を膨らませて網膜と視神経を圧着させるようなことをして、そうなった場合はそのガスが抜けるまで2週間程度うつ伏せに寝ることが必要とのことだった。

また、手術の成功率としては全国的に8割、そこの病院の昨年実績は91%とのことだった。つまりは1割は失敗するとのこと、そうなると違う方法で再手術するのだが、1回目の手術が言ってみれば目玉の外から行うような方式であるのに対し、次なる方法は目玉の中を直接いじるような方式であるとのこと。より体への負担が大きいらしい。詳しくは説明されず、もしそういう羽目になったらそのとき詳しく説明しますとのことだった。

手術をしてもらうには承諾書にサインしなければいけないのだが、全身麻酔から覚めないこともある。手術中出血して失明にいたることもある。術中角膜を傷つけてしまうことがあり、特にレーシックをやっていると角膜が剥がれやすい、などどネガティブなことをさんざん聞かされ、要はそれでもよければ手術してあげます、という書類にサインをさせられた。まあ、訴訟とかモンスターペイシャントとかを避けるためなんだろうが、なんだかなあと思った。

 

他にその日にやったことは、手術の際の呼吸器の設定に必要なのか、肺活量のチェックを受け、きっと麻酔に対する適性を確認するためかと思うが、アレルギー反応のテストパッチ、過去の病歴の問診を繰り返し繰り返しうけたことと、あとは看護師さんが部屋に来て、手術後じゃつらいでしょうから今からうつ伏せの練習しましょうといわれて、手術の説明の時聞いたうつ伏せで安静にしている状態の予習をしたことだろうか。U字型の枕と胸にあてるクッション、腕に当てるクッションを使い、Uの字の逆に枕を置いて、その中に顔をうずめ、胸と腕の下ににクッションを敷いて寝る、というものだった。うつ伏せで寝ることは時々しているので抵抗はないが、寝返り打てないとすると結構つらい。どうなることやら。

※文中登場する専門的な術式の内容についてや手術のリスクに関することなどの記述についてはあくまでぼくが「まあ、こんな感じぃ」と受け取ったシロウトの印象に過ぎないので細部にわたり内容が正しいことを保証するものではありません。おそらくツッコミどころはあるものと思われます。

4/5(木)
この日は手術当日、絶食で何も食べられない。朝から手術着を着せられたり、術前の目薬を看護師さんに何度も打たれたり、点滴の針を刺しに若い医師がやって来たりした。あとはエコノミー症候群を防止するためという、ふくらはぎのサポーターみたいのをつけさせられたが、これが結構締め付けがきつい。手術の翌日まで脱がせてもらえないらしいが耐えられるのか。
さらに場合によっては排泄のために尿導管をつながれるそう、ちょっと避けたいけどしょうがない場合はしょうがない。
いよいよ時間ですと呼ばれて手術室に行く。帰ってくるときは成功してバラ色の術後となっているのか、あるいは麻酔から覚めず最期の時を迎えるのか、あるいは失敗して失明してしまうのか、不安いっぱいだった。
途中他の人の手術でモニターに大写しになった目玉なんかをチラッと横目で見てしまいぎょっとしたりしながら自分の手術台に寝かされる。シーツみたいな布をかぶされ、手術着を脱がされ、点滴をつながれる。

いざ麻酔をかけるって直前に執刀する先生がよろしく、ちゃんとやるから大丈夫だよみたいな声をかけてくれた。こっちはすがるしかないので、お願いしますと言うほかない。思いっきり懇願の表情をしていたはずだ。

全身麻酔とは凄いものだ。 マスクをつけられるとすーっと眠りに落ちるなんて生易しいものではなく、ブレーカーを落とすみたいにブチッと意識を失わされてしまった。

あとは終わるまで何も覚えていない。名前を呼ばれて目が覚めて、回復室で少し休んでストレッチャーで部屋に戻された。麻酔から覚め切っていないので身体の自由は利かないし、眼帯されていて右目は見えないので、上手く行ったのかわからない。でもとにかく生き延びることはできたみたいだ。
心配していた尿導管もついていなければ、うつ伏せ寝の荒行もしなくてよいらしい。うまく行ったのか、あるいはうまく行かなかったからそもそも必要ないのか。

おなかが麻酔から覚めたので、夕食は流動食なら食べてよいとのことだったが、おなかはすいていたがぐったりしていたのでパスして寝ることにした。

5時間点滴をして様子を見て、オシッコの比重次第で点滴のお代わりがあるとのことだったが、芳しくなかったらしくお代わりをされてしまった。
この日はこのまま眠りにつく。

4/6(金)

目が覚めると、右目は眼帯で何も見えないが、明るさは感じられるようだ。どうやら失明はしていないらしい。

点滴は終わったが針はまだ刺さったまま、エコノミー症候群防止のサポーターは脱がせてもらえた。

朝ごはんはおかゆと聞いていたが普通の食事が並んでいる。聞いてみるとゴハン部分だけがおかゆでおかずは普通と一緒とのことだった。相変わらずまずそうな病院食だが、前日から何も食べていないので、やたらがつがつと食べてしまった。入院当初はまずくて食べられなくて半分くらい残してしまったこともあったのだが、空腹は最高の調味料とは良く言ったものだ。

回診の時間になり、執刀した先生に診察してもらった。上手く行っているので早く帰れるかもしれないとのこと。よろこんでいいのだろうか。

昼過ぎに見知らぬ妙に若い先生二人が診察 だと言って診に来た。やや唐突で不自然で必要性が感じられなかったが、教授に術後の目を診て勉強してこいなんて言われたのか。

いかにも診察しているというより観察しているようだった。

夕方には執刀した先生が病室まで様子を見にきてくれた。

角膜も傷つけなかったし、うまくできたので障害はそんなに残らないだろうとのことだった。本当に他の人よりうまく行ったのか、患者さんみんなに同じく優しい言葉をかけるのかわからないが、ぼくの中ではこの先生の株は急上昇、最初はいかにも偉い先生という感じで白い巨塔の財前教授のイメージだったが、仁のミナカタ先生のようないい先生にすっかり変わってしまっていた。医者とはもっとも厳しい部類の客商売なのだと思う。

 

4/7(土)

目の奥に異物感があり、左目を動かすとそれにつられて右目も動くのか、そんなときにズキっと痛む。あとは全般的に例えば指を切ってしまった時にシクシクと痛むように右目周辺が痛む。

やることと言えばテレビ見るかiPhoneいじるか、でも目を使うことなので片目じゃ長続きしない。あとは寝るかしかない。   

今日は最初に外来で診てもらった先生に診察してもらった。完璧ですって言っている。

先生が入院できるように手配してくれたおかげですってお礼を言うと嬉しそうだった。

時には治療がうまく行かなくてなじられることもあるのだろうから、うまく行ったのなら素直にお礼を言って喜んでもらいたかった。

高級ホテルなみの宿泊費の個室から、やっとラブホの休憩料金くらいの大部屋に移してもらえた。ちょっと騒がしいし、プライバシー今イチだし、あのまま個室の方が良かったことは間違いないが、金額を考えればまあ仕方あるまい。

この日の日中の担当のちょっと優しい看護師さんがお気に入りになった。菅野美穂を少し子供っぼくした感じ だ。優しくされるとこっちは病人で心細いだけに正に白衣の天使に見えてしまう。

手術後初めてシャンプーしてもらってさっぱりした。目に水が入らないようにしないといけないので、当分自分ではシャンプーできないらしい。

母が見舞いに来てくれた。心配かけちまったなあ。

夕方には左目も 同じことにならないようにあらかじめ網膜の弱い部分をレーザーで焼く治療をした。これがチクッズーンて感じで結構痛い。それを何発もだからたまらない。

 

4/8(日)

前日あたりからテレビで繰り返し伝えられる、桜が満開ということが恨めしい。

今年は桜みられないのか。

この日は見たことない先生が一回診察されただけ、さすがに皆さん休日なのだろうか。   

大部屋の定員4人の内、ぼくも入れて3人が網膜剥離らしい。眼科で入院するとしたらあとは白内障か糖尿病由来のものか、何種類かに限られるのだと思う。他の二人はもう2週間も入院していて、目玉の中にガスも入れられて、うつ伏せ寝の荒行を経験したそうだ。
そう考えるとやっぱりぼくの手術はうまくいった部類なのか?でも視力はぜんぜんで、例えればコンタクトレンズを片方はずしたような状態だ。とても見にくいし疲れる。

順調ですって割には外見は右目の周りは腫れ上がっていて白目はうさぎのように真っ赤だ。試合が終わったあとのロッキーみたいだ。エイドリアーンって叫びそう。

本当に順調なのか。

 

4/9(月)

明日退院と告げられる。

退院後の生活について質問する。真っ先にビールのこと。なんと家に帰ったら飲んで良いらしい。こりゃ意外だ。テニスは一ヶ月禁止だそうだ。お風呂はしばらく顔は濡らさないこと、シャンプーは当分美容院のように顔を上に向けてだれかに洗ってもらうように言われた。

何とか元通りの日常に戻れそうだ。

この日は右目もレーザー治療受けた。散々左より手術した方は痛いと予告されたが、治療中はそれほどでもない、と思っていたら、終わった後が物凄く痛い。手術した直後よりよっぽど痛い。何でこんな目に会うのか。

最初に外来で診てくれて、入院の手配をしてくれた先生にレーザー治療してもらったのだが、エレベーターの待ち時間とかに少し世間話できた。若い先生は病院から給料は余りもらえずに、アルバイトで稼いでいるっていうのは本当らしい。

さらになんと、その先生は具娘1号が行く大学で2年働いていたとのことだった。奇遇ですね、ご縁ですね、お嬢さんも是非眼科医になってくださいなんて言われた。

4/10(火)

今日は退院だ。

昨日のレーザー治療でジンジン痛む。退院して大丈夫か?

時間の都合上昼ご飯まで食べてから病院を出る。ダルビッシュがメジャー初登板ということで中継をやっていたのでそれをぼんやり見て過ごす。5点取られてほぼKO状態だったが何と味方が逆転してくれて勝利投手になった。お気に入りの菅野美穂似の看護師さんはもう会えなかった。シフトがうまく合わなかったのだろうか。残念。

久しぶりに外に出ると、目が不自由になっているだけに耳と鼻がやたらと敏感になっているのに気づく。

さらに病院の中という、快適な温度に保たれ、衛生的な空間から外に出ると、おだやかなそよ風ですらまるで木枯らしのように感じるし、地下鉄の駅の構内の匂いなんかはなんとも言えない悪臭に感じた。若者の話し声なんかもやたらと大きく聞こえて耳についた。

桜はまだ満開で肉眼で見ることができた。地元の駅のそばの公園でサイダーで少しお花見して家に帰った。

 

家に帰ったら眼帯はいらないとのことなので、手術後初めて眼帯をせずに就寝した。レーシックの時は念入りにプロテクターを目に貼り付けて寝たものだが大丈夫か?と思ったが、明け方にうっかり目をこすってしまい激痛が走った。これなら逆に寝てる間に無意識にこすってしまうことはなさそうだ。

今まで目は両目見えて当たり前と思っていたが、片目失明の危機にさらされて、その当たり前とは何とか弱いものなのかといまさらながら思った。当たり前が当たり前でなくなるのはなんとつらく不安であることか。

医学の進歩には感謝する他ない。要は目玉をひっくり返すか引き出すかして奥の方を加工し、元に戻してちゃんと見えるようになるのだから考えてみれば凄い治療法だ。(あくまで当方のイメージ)昔だったらそのまま失明するしかないのだろう。予防処置をしないとそのうち左目もなるとのことだったので生まれた時代が悪かったら全盲になってしまうところだったはずだ。

4/11(水)~4/22(日)

家で静養する。しばらく目の周りが痛くて頭痛もして、結局ほぼ寝たきりで過ごす。でも少しずつ動くようにしないと会社に行けないカラダになってしまう。ちょっとコンビニまで買い物とか、近くの公園まで散歩なんかしてリハビリをした。今まで入院して会社休めたら楽だろうなあなんて考えたこともあったがとんでもない。入院するってことは病院に寝泊りしなきゃならないくらい具合が悪いってことだ。けっしてのんびりなんてできない。

家に帰ってもオーディオの電源はずっと消えたまま、寝込んでいた時期はやっぱり病床の定番、Let's Noteがネットや音楽鑑賞などに活躍した。

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音楽はPCオーディオのHDDを共有してそこから選曲する。無線LANなので音が途切れることがあるので、再生ソフトのバッファサイズを最大にしたところ、快適に再生できるようになった。ノートPC内臓のオーディオなんてとかうるさいことを言わないで、素直にコレクションすべてが布団の中で自由自在に聴ける便利さを享受した。いつもよりずいぶんたくさんの音楽を聴けたと思う。買ったきり聴けていなかったCDなどずいぶん聴いた。


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